ためになる為替の話・外国為替編|ドル円の歴史

小ネタ集

 

為替(かわせ)について、あなたはどれくらいご存じですか?

円相場は毎日報道されているので、目にする機会は多いと思います。誰にとっても、日本経済に大きな影響を与える円相場は重大な関心事です。

今回は、「ためになる為替の話・外国為替編」と題して、為替(特に外国為替)についての基本と、ドル円の歴史について学びたいと思います。

為替(かわせ)とは何か

為替とは何かと聞かれたら、「外国通貨と交換することでしょ」と答える人も多いと思います。しかし、それは不正確です。

内国為替と外国為替

為替には内国為替と外国為替という2種類があります。

内国為替:銀行などの金融機関が、現金を移送することなく国内の遠隔地間の決済を行う方法のこと

外国為替:異なる通貨間で、現金を移送することなく決裁を行う方法のこと

要するに、円だけを用いて国内の遠隔地間で決済するのが内国為替円とドルなどの外国通貨を交換しつつ決済するのが外国為替です。

今回は、外国為替について解説します!

内国為替については以下の記事を参照してください。(公開次第リンクします。)

関連記事はこちらためになる為替の話・内国為替編

外国為替市場と円高・円安

外国為替に用いる交換比率(為替レート)が決まるのは、外国為替市場と呼ばれる市場です。

また、円に対する外貨の為替レートのことを「円相場」と呼びます。

円相場は、例えば 1ドル=105円 のように表します。

外国通貨に対して円の価値が相対的に高まっている状態を円高、その反対を円安といいます。

円高・円安については、以下の記事でも取り上げていますので、よろしければあわせてご覧ください。

外国為替証拠金取引(FX)

外国為替と聞くと、FXを連想する人も多いのではないでしょうか。

FXとは、日本語では外国為替証拠金といい、証拠金を業者に預託して通貨の売買を行う取引のことです。

レバレッジ(てこの作用。証拠金の何倍もの外貨を取引する仕組み)を利用することにより、ハイリスク・ハイリターンの取引が可能であることから、2005年から2011年ごろまで、一攫千金を夢見るトレーダーが殺到し、何度かのFXブームが起きました。

現在は、レバレッジは25倍までに規制されており、一時期ほどのブームではありませんが、今なお人気を保っています。

当ブログは「積立投資で人生100年時代を生き抜くブログ」というタイトルからもわかるように、堅実で長期的な投資を志向していますので、FX取引は行っていませんし、今後も行う予定はありません。

個別株式投資もハイリスク・ハイリターンで、業績に連動しない理不尽な株価の推移に見舞われることがありますが、配当や株主優待など、所有しているだけで利益が得られる仕組みがあります。

一方、FXにはそれらがありません。また様々な要因で(米大統領のTwitterでも)急激に相場が変動することがあり、より不確実性の高い運用方法だと考えています。

ただ、レバレッジはあくまで上限が定められているにすぎず、低いレバレッジで取引をすることにより、リスクをある程度下げることはできますので、FXの全てを否定するものではありません。

円相場の歴史

続いては、円相場の歴史についてお話します。現代も円相場が経済に大きく影響するように、円相場の歴史は、近代日本の経済の歴史と密接に関係していますので、これがわかれば経済史の理解が進みますよ!

明治時代(1912年以前)

円相場の歴史は、円の誕生とともに始まります。

1871年(明治4年)5月10日に公布された「新貨条例」により、円が日本の通貨として正式に定められました。

新しく定められた円は、それまで用いられていた両と等価とされました。つまり、この時「よっ!千両役者!」という言葉は「よっ!千円役者!」と同じ意味になったのですが、現代の感覚では誉め言葉には聞こえませんよね。それがインフレです(?)。

インフレについての記事はこちらです↓

さて、「新貨条例」において、円の価値はこう定められました。

「1円金貨は純金量23.15グレーン(約1.5グラム)とする」

グレーンとは、ヤード・ポンド法における質量の単位で、大麦の種1粒の重さを由来とする単位です。(1グレーン=0.06479891グラム)

一方のアメリカの1ドルは、「純金量23.22グレーン」と定められていたので、円が生まれたときのドル円相場は、1ドル=1.003…円だったことになります。

その後、1877年(明治10年)の西南戦争の戦費のため、不換紙幣(金・銀との兌換が保障されていない紙幣。現代の紙幣は全てこれだが、当時は金貨や銀貨との交換ができるということで価値を保障する兌換紙幣が一般的だった。)を大量に発行したことからインフレが進行し、日清戦争の起きた1894年には1ドル=2円まで円安が進行しました。

その後、日清戦争で清国から得た多額の賠償金を準備金として金本位制(通貨の価値を金によって裏付ける仕組み)の確立が可能となった明治政府は、1897年(明治30年)に「貨幣法」を制定しました。

従来の「新貨条例」も名目上は金本位制でしたが、金準備が不足したことに加え、貿易赤字と銀安によって発行済金貨の8割以上が国外に流出するなどしたことから、のちに銀貨も併用できることとし、事実上の金銀複本位制になっていました。

「貨幣法」の制定は主要各国にならって本格的な金本位制を確立するもので、円の歴史上重要な出来事です。

「貨幣法」では金0.75グラム=1円に改められました。新貨条例は金1.5グラム=1円でしたので、流通していた各金貨の価値は倍になりました。

その後、明治時代が終わるまで、1ドル=2円(正確には100円=49.875ドル、すなわち1ドル=2.005…円)で安定していました。

大正時代から昭和戦前期(1912年から1941年)

1914年(大正3年)に始まった第一次世界大戦で、金の国外流出を恐れた欧米列強が金兌換を停止したことから、日本も金兌換を停止しました。

戦後各国が金本位制に復帰する一方で、戦後不況や1923年(大正12年)の関東大震災による輸入超過に伴って円相場が1ドル=2.5円前後にまで下落する中で、積極財政の必要性などから金本位制への復帰ができないままでいました。

列強各国からの金本位復帰を求める圧力から、金本位制への復帰(金解禁)が検討されましたが、その際に法律上のレートである100円=49.875ドル(旧平価)で復帰するか、実態に合うように円を切り下げて100円=44ドル程度(新平価)で復帰するかが議論されました。

旧平価での復帰を行えば、実態よりも円高で復帰することになるので、輸出産業に打撃を与え、安い輸入品が大量に流入してデフレ不況に陥る、という懸念がありました。

政財界をあげての議論が白熱する一方で、張作霖爆殺事件による田中義一内閣の瓦解で金解禁は遅れましたが、続く浜口雄幸内閣で1930年(昭和5年)1月11日、ようやく金解禁が断行されることになります。浜口内閣が選択したのは、旧平価による金解禁でした。

すなわち、昭和5年当時の円相場は、政府が選択した1ドル=2円だったことになります。

浜口首相と井上準之助大蔵大臣は、デフレと緊縮財政によって経済状況が悪化しても、政商(官民の癒着により成長した企業団)や財閥が中心で国際競争力の弱い日本の産業構造の合理化が進めば、かえって国際競争力の向上と景気回復に資すると考えたのです。

しかし、折悪く、まもなくアメリカの恐慌に端を発した世界恐慌の嵐が吹き荒れ、国内経済も大混乱に陥りました。

浜口内閣の次に組閣した第二次若槻礼次郎内閣は、金輸出禁止を唱える内務大臣安達謙蔵の閣議ボイコットにより崩壊し、代わって犬養毅内閣が組閣されました。まだ元老西園寺公望が首相推挙を行っている時代のことです。

犬養毅内閣は、1931年(昭和6年)12月13日、発足当日に高橋是清大蔵大臣の発した大蔵省令により金兌換を全面停止し、金本位制から再び離脱しました。

旧平価での金解禁は実態に合わない円高水準だったこと、また満州事変で国際的信用を失っていたこと、そして金兌換が停止されたことにより、一気に円が下落し、1932年(昭和7年)には1ドル=3.3円から1ドル=5円前後までの大幅な円安になりました。

大幅な円安は輸出の拡大につながり、国内景気は回復する一方で、これが世界的な非難を招き、いまだ不況に苦しむ列強各国がブロック経済を構築したことから、世界経済の中で日本は孤立していくことになりました。

1940年(昭和10年)の円相場は1ドル=4.2円ここまでが戦前期の円相場の歴史です。明治維新から昭和戦前期までの円相場と金本位制の歩みは、近代日本と列強各国との経済史を映す鏡だということがおわかりいただけたと思います。

戦後の固定相場の時代(1971年8月まで)

戦後の円相場を理解するには、戦後経済とインフレについて理解することが大事です。以下の記事で解説していますので、ご参照ください。

敗戦後は、戦争で生産設備が破壊されたことによる供給の激減と、復興需要によってインフレが加速しました。

敗戦直後の1945年9月の円相場は1ドル=15円(軍用の交換相場としてGHQが設定)でしたが、急速なインフレで1947年(昭和22年)3月に1ドル=50円、1948年7月に1ドル=270円、1949年に入って1ドル=360円へと切り下げられました。

明治から昭和戦前期のドル円相場が1ドル=1円から1ドル=4.2円への推移だったことを考えると、このときの円の下落がいかに凄まじいものであったかがわかります。ここでもやはり、戦争は恐ろしいものですね。

すでに第二次大戦中の1944年にブレトン・ウッズ体制(アメリカ合衆国ドルを基軸とした固定為替相場制。為替相場を一定に保って自由貿易を発展させ、世界経済を安定させることを目指す仕組み。)が築かれており、1ドル=360円というレートもこのブレトン・ウッズ体制の中で固定レートとして位置づけられました。

しかし、ベトナム戦争の影響からアメリカ国内でのインフレが進んだことなどから、ドル不安が高まり、ニクソン・ショック(ドルと金の兌換一時停止)が起きました。すでに米国の金保有量は、ドルの金兌換に応じられないほどに減っていました。

時は1971年8月15日夜(米国時間)、第二次大戦の終結から26年目のこと。ニクソン大統領が全米向けに発表した声明の中で、第二次大戦後の巨額の対外援助について「欧州とアジアの主要工業国は、我々の援助に大きく助けられて活気を取り戻した。彼らは我々の強力な競争相手であり我々は歓迎している。」と述べたうえで、「しかし他国の経済が強くなった今、彼らが世界の自由を守るための負担を公平に分担すべき時期が来たのだ。為替レートを是正して主要国は対等に競争する時だ。もはやアメリカが片手を縛られたまま競争する必要はない。」と宣言しました。

その後、アメリカが周国連邦政府と先進諸国との間で新レートの交渉が行われ、スミソニアン協定が締結されました。このとき日米両政府が合意したレートは1ドル=308円でした。

変動相場制への移行(1973年から1984年まで)

スミソニアン体制はわずか1年あまりで崩壊しました。

1973年2月には田中角栄内閣が変動相場制に移行することを決め、3月にはEC(欧州諸共同体。EUの前身。)諸国も変動相場制に移行しました。

1973年3月に1ドル=260円まで円高が進んだものの、オイルショックを契機に1976年末までは概ね1ドル=300円近辺で推移しました。

1977年から1978年までは円高が進行し1ドル=200円を突破

しかし、ソ連のアフガニスタン侵攻などでドルを買う動きが出て、1980年には1ドル=250円付近まで円安が進みました。

このころは、「有事の際のドル買い」だったわけですね。「有事の際の円買い」である現代とは少し違ったようです。

プラザ合意からバブル崩壊後(1985年~1995年)

1980年代のアメリカは国際収支の大幅赤字と財政赤字(いわゆる「双子の赤字」)に苦しんでいました。特に対日貿易赤字の解消は米政府にとって急務とされ、円高ドル安への誘導を目指しました。

1985年9月22日、ニューヨークのプラザホテルで開かれたG5蔵相・中央銀行総裁会議において発表されたプラザ合意により、ドル円レートは急落しました。

1986年末には一時1ドル=160円を突破。その後もドル安は進み、歯止めをかけようと結ばれた1987年2月のルーブル合意の甲斐なく、1ドル=120円にまで円高が進みました。

その後、円高不況への対応から、バブル経済へと進んでいった日本。その後も上下を繰り返しながら、円高傾向で推移し、バブル崩壊後の1995年4月には、1ドル=79円75銭の超円高になりました。

平成時代の中・後半(2000年以降)

平成時代の中・後半の円相場は、日米双方の国内事情によって上下動を繰り返すことになりました。

2001年アメリカ同時多発テロ事件でドルが暴落。1ドル=130円

2002年から2004年夏までは円高進行。1ドル=100円

2004年秋から2007年夏までは円安進行。1ドル124円

2007年から2008年、サブプライムローン問題でドルが暴落。1ドル=95円

2009年リーマンショックによりドル暴落。1ドル=84円

2011年東日本大震災によって、円資金需要が高まり円高に。1ドル=76円25銭まで円高進行。日本で起きた災害で円を買うのは違和感がありますが、保険会社の支払いは円でなされるので、海外資産を売って円に換える動きが予測されたためです。

2013年安倍内閣がアベノミクスを掲げ、デフレ脱却を目指した大胆な金融緩和措置を取ると表明。徐々に円安が進行します。4年ぶりに1ドル=100円台を回復。

2015年以降も円安傾向で推移しました。アメリカの景気回復や2016年に当選したトランプ新大統領への期待感により、によりドルを買う動きが継続し、1ドル=118円台にまで円安が進行しました。

その後も、アメリカの経済情勢と利上げの有無などの観測により、2010年代の後半は1ドル=110円台で推移しています。

ちなみに、2019年8月現在、米中貿易摩擦などから、世界経済がリセッション(景気後退局面)に入ったとの観測が出て、FRB(米連邦準備理事会)が再び利下げに踏み切ったことでドルを売り、安全資産とされる円を買う動きが強まったことから、1ドル=105円台まで円高が進行しています。

まとめ

為替の話、いかがだったでしょうか。

ドル円相場の歴史を追えば、日本の近代化と戦後の歩み、日米関係が見えてきます。これからも円相場は私たちに日米両国と世界の経済の今を見せてくれることでしょう。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。またのご来訪をお待ちしています。

この記事のまとめ為替には、内国為替と外国為替がある

代表的な外国為替レートである円相場の歴史は、日本の近代化と日米関係の歴史そのもの

明治時代は1ドル=1円から2円だった

戦前は1ドル=2円から4.2円だった

戦後はブレトン・ウッズ体制の下で1ドル=360円で固定

ニクソンショック、プラザ合意を経て円高が進行

バブル崩壊後、円高不況とデフレ不況で日本経済は低迷

アメリカの景気回復とアベノミクスで円安に転換

米中貿易摩擦と世界経済の後退予想で、再び円高へ・・・?

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Posted by fab